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 陸前高田市から戻ってきました。

 中里前市長のご自宅によって、30年ぶりの挨拶した後、9時の

戸羽市長との約束に間に合うように出発。前市長の家のある丘を回

りこむ形で海側に数分走ると、まだ山の中なのに、いきなり目にあ

るべき家や樹木、田畑が消えて、薄茶色の土の中にいわゆる瓦礫が

積み重ねられている光景が飛び込んできました。ずっと、田畑や樹

木の豊かな緑に慣れ親しんできた光景から、一転して場面が変わっ

た瞬間でした。

 そこで起きたことはテレビなどを通じて見てきたはずなのに、山

間の川をさかのぼってきた津波があらゆるものを巻き込んで押し流

した力のすさまじさをただ黙って受け止めるより他ありませんでした。

 中里前市長のことば…「毎月避難訓練を行って、一次避難場所の体

育館に集まった人達にあいさついをしてきた。今度の津波はその一次

避難場所を飲み込んだ。・・・」やりきれない無念さをにじませながら…。

 二期8年間中里市長が築いてきた市民が主人公のまちづくり、住民の安

全や安心を第一に築いてきたものを津波は破壊しつくし、奪ってしまいま

した。形あるもの、命あるものの多くが失われたかもしれません。けれど、

もっと大きな深いものが陸前高田には残されたような気がします。

 藤倉議員に案内してもらい、市長や市議のお話をお聞きしながら、また

陸前高田市を回ってお会いした皆さんとの触れ合いに、そんな思いがこみ

上げてきました。それがいったい何なのか、感想は明日へ・・・
by ryuko212 | 2011-05-29 19:42

いざ陸前高田市へ

 あすから陸前高田市へ行ってきます。

 夫の元同僚の中里さんがふるさとに帰り、陸前高田市の市議会議員から

市長になったと聞いて、我が家にとっても陸前高田市はふるさと岩手の中

でもちかしい町になりました。

 日本共産党員市長の中里さんの市政を引き継いで、2月の市長選挙で

当選したばかりのなられた戸羽太市長さんが町田出身。町田にゆかりの陸

前高田市に、何とか町田から支援の気持ちを伝えたいと思っていたのです

が、陸前高田市の藤倉議員さんになんとか連絡が取れました。

 市長への表敬訪問とボランティアのお手伝いしながら、被災された方のお

話を伺うことを中心に議員団で行くことにしました。

 高田市への募金と、藤倉議員をはじめ日本共産党が開いている青空市場

で必要な救援物資を呼びかけたところ、当初2台で行く予定だった車が3台

になるほど、みなさんが届けてくださいました。

 募金は目標額を大きく上回り、物資も未使用品や使い勝手の良い物をと探

してくださったり、わざわざ買ってとどけてくださったり、温かい気持ちをどっさり

積んで明日は出発します。

 また、戻ってきたら報告したいと思います。
by ryuko212 | 2011-05-23 12:37
 しばらく地元を離れて、議会運営委員会の視察に行ってきました。

町田市は、政務調査費の使用状況の市民への公開(もちろん一円にい

たるまで領収書添付)、常任委員会への請願者の陳述(希望者のみ)、

会派に関わらず一人60分の持ち時間で行える一般質問、一般質問以

外に補償されている質疑(ただし3回まで)、議員の議案提出の権利の

活用、本会議のインターネット中継など、他の自治体の議会に比べて

も、議員の意見表明権や市民への開かれた議会と言う点でも優れたも

のがいくつもあると思います。視察に行って、話を伺いながら、町田

市のやり方のほうがやりやすいと思うことも多く有ります。


 でも視察にいって、感じることは、どこの議会も市民の声を届け、市

民に議会を知ってもらうためにもっと議会を変えていこうという気風が

とても強いことです。それだけ、議会に対する市民の目が厳しくなって

いるし、求められてもいるのでしょう。議会制民主主義を進める上で、

議会に対する市民の関心が高くなることはとても大切なことです。ただ

、市民の自治意識が高まったからと言って、議会の機能を弱めるような、

安易な定数削減を自らが行うというのはどうでしょうか。

 首長の権力をさらに強め、チェック機能を弱めていくことにつながり、

税金の使い方や市政運営に市民の声が反映しにくくなることに成るので

はないでしょうか。

 
by ryuko212 | 2011-05-19 20:23
 午前中、母子福祉会の総会に出席しました。

 私も挨拶で新庁舎での、母子福祉会の就労支援と財政支援を

継続させるための、売店あるいはそれに変わる何らかの代替案

をどうするのか触れたのですが、総会の中でもそれが中心課題

として話題になりました。ちょうどそのとき、市長が母子福祉

会の総会に初めて顔を出したのです。売店のことについても、「

検討をしている。」と簡単に触れていたので、要望書で回答を求

めた方がいいとアドバイスしました。今後、もう少し突っ込んで

具体化させていくことが必要です。

 さて、午後久しぶりに「東日本大震災救援・復興募金」に取り

組みました。最初のころのように沢山の人が、協力すると言う

程ではないものの、いったん通り過ぎた若者がわざわざ戻って

きて協力してくれたり、小さな子にお母さんがお金を手渡して

募金させてくれたり、小さなほほえましいドラマが繰り広げら

れ、わたしたちがホットな気持ちにさせてもらえました。

 また、震災復興や原発事故に関する日本共産党の見解のビラを

受け取る人もいつもより多く、募金は今回はしなくても、決して

関心が薄らいだわけではないことを感じました。

 5月25日、日本共産党町田市議団として、陸前高田市長に直接、

募金を手渡すことにしたため、何とか励ましの重いが伝えられる

金額にしたいと思っています。また、被災されたすべての自治体に

届くよう、引き続き、震災の救援と復興を支援する活動に取り組み

たいと思います。
by ryuko212 | 2011-05-15 23:01 | Comments(0)
 昨日5月5日は子どもセンター「ばあん」の誕生日でした。

今年は、東日本大震災もあり、その後の原発事故とあわせて、若干

自粛と節電をと言うことで、「ばあんの会」恒例のわた飴とご飯モノ

は無しにして、ガスコンロを使ってのハッシュドポテトとエビせん

、炭火を使っての焼き鳥野店を出しました。お隣の土建のお店はい

つものポップコーン(こちらは無料)と鉄板ブームのお好み焼き、学

童クラブの保護者会では焼きそばと、ほぼいつもどおりの出店で、子

どもたちを迎えることができました。

 今年は遠出を避けたためか、いつもよりやや大目の子どもたちが、

気に入ったポテトや飲み物を買いに何度もきてくれて、財布とおなかが

心配になったりもしましたが、楽しいふれあいがたくさんできました。

 また、ばあんで育った青年たちも顔をみせて、懐かしい出会いもあり

ました。ばあんで育った子どもたちがまた、青年になり親になって、ば

あんに子どもを通わせて、ばあんの会をいっしょに育ててくれたら・・・。

終わってからの反省会で、こんな夢を参加したみんなで語り合いました。
by ryuko212 | 2011-05-07 00:45
 今日は64回目の憲法記念日でした。
 
 56年間私は日本国憲法の下で生きてきました。第26条に定められた

義務教育をうけて、基礎的な学力をつけ、第23条の学問の自由によっ

て保障されて、大学で教育を学びました。当時は年間の学費が3万6千円

でした。

 第19条の思想信条の自由をもとめて、日本共産党と出会いました。13

条の幸福追求の権利によって、私はよりよく幸せに生きることを求め続け

てきました。子どもたちや多くの人の第11条の基本的人権と25条の生存

権を守りたいと、議員になりました。そして、これらを守るために平和で

なくてはならないと原水禁や9条の会に入りました。

 日本国憲法の条文をよむたびに、その崇高な理念に心が震えます。そし

て現実とのギャップにくじけそうになります。

 しかも、憲法改悪をたくらむ勢力はさらに憲法の条文をなき者にしよう

としているのですから、益々、現実は憲法が約束した理想とはかけ離れて

いきます。本当に油断がなりません。

 でも、憲法はそのことまでも十分察知して、国民に警告を発しています。

第12条で「憲法が保障する自由、および権利は国民の不断の努力でこれを

保持しなければならない。」と定められているのですから。

多くの国民とともに、不断の努力を大きくしていかなければ…改め

て心に誓った、憲法記念日でした。
by ryuko212 | 2011-05-04 00:12
 5月1日、第82回三多摩メーデーに市議団で参加しました。

朝、9時過ぎ井の頭公園駅に降り立つと、メーデー参加者らし

い人が列を成して、会場に向かいます。遠くから聞こえるメー

デーソングや労働かに、足取りも軽くなります。

 東日本大震災を理由に、連合はメーデーを中止したそうです。

メーデーは労働者が命がけでかちとってきた労働者を主人公と

した世界的な行動日です。1日14時間、12時間労働が当たり前

時代に「8時間労働」の要求を掲げて、集会を持ち、デモをしまし

た。日本でもさまざまな弾圧をへて、働く人達の団結を確認する

場として各地でメーデーが行われてきました。連合はメーデーが

単なる祭典となっているから、中止したのでしょうか。

 大震災の被災地の人は確かに苦しんでいます。住むところも、仕

事も家族や親しい人も失い、明日の希望をどう繋ぐのか、想像を絶

する困難を抱ええいらっしゃいます。そのうえ、福島原発の事故が

更なる困難をもたらしました。

 メーデーは要求を持ち寄り、実現のために思いをひとつに足を踏

み出す場です。被災地の人達の苦難をとりのぞいていくみちをともに

歩もうと、今回のメーデー参加者は思いをひとつにしたと思います。

 被災者支援と震災復興支援に、大衆課税ではなく大企業の内部留保

や米軍思いやり予算を当てること、原発事故の早期収束と、エネルギ

ー政策の転換を第一番目の要求に掲げて事でも現れています。

 あらためて、今回のメーデーはそういう意味で、歴史的にも一回り

おおきく拡がったのではないでしょうか。日本社会の格差と貧困、非

正規雇用の拡大などの問題と、被災地復興の問題がシンクロして、幅

広い国民の運動に結びつくことができれば、要求と願いを実現できる

と確信することができました。

 足は少し痛くなりましたが、希望の見えるメーデーになりました。
by ryuko212 | 2011-05-02 20:38

町田市の市議会議員として、市政や日々の活動を報告します


by ryuko212